信頼

人を信頼をするのか、しないのか

今朝、朝会で「人を信用しないを前提とした価値観と持つ」みたいな話がインターンからありました。

人によって人との接し方があると思いまが、僕個人は<人を信頼しない、人を信用する>という考えはそもそも存在しないです。どちらかと言うと、<相手を信頼できるのか、自分が信頼されうるのか>です。

それはそもそも人と出会った時点で最初は信頼というものは存在せず、日々の付き合いの中で小さな信頼を1つずつ大切に築き上げていき、信頼を確固とするものにしていくものであること僕は思います。

しかしその一方で、信頼は小さな失言や裏切り、嫉妬・妬み・憎悪を伴う自分勝手な言動・価値観によって一気に崩れ去るものだと思っています。

個々人が自分の利益を前提に動くので裏切られることがあるというのは大方間違いでは無いのですが、そこに自分が相手に対して勝手に期待をもつことで(自分のためなら当然やってくれるだろうという少し過剰な期待も含め)、自分が相手に抱いた期待通りに動かなかったことで裏切られたと感じたり、「信用出来ない!」となり、信頼をしなくなるということになるんだろうなと思っています。(裏切りはこのケースだけに限りませんが)

とうぜん社会には魑魅魍魎がわんさかですので、その中で相手がどういう人間かを確認しながら相手に対する信頼の残高を増やしていき、相手からの信頼残高を増やせるよう信頼されうる行動を積み上げていくことだと考えます。

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利害を超える/ 松下幸之助 [一日一話]より

ある日、私のところに「自分の会社で造る製品の販売を引き受けてもらえないか」という話を持ってこられた人がいた。私はいろいろとその人の話を聞いてみて、この人はえらい人だなと思った。普通であれば、自分にできるだけ有利になるよう交渉する。それがいわば当たり前である。ところが、その人は「すベてをまかせる」という、自分の利害を超越した態度をとられた。私はその態度に感激し心を打たれた。

われわれはともすれば自分の利害を中心に物を考える。これは当然の姿かもしれない。しかし、それだけにそれを超越したような姿に対しては、心を動かされる。これもまた人間としての一つの姿ではないか。

松下幸之助[一日一話] 7月24日 利害を超える」から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/07-24.html

商売だから利害はつきものだけど、利害ばかりでは正直面白くもない。

利害関係以外のある部分でも繋がれば、思いも寄らぬ形で仕事になるかもしれないし、
利害を超えた信頼関係の中に、今後の取り組みでも発想が広がる可能性もある。

商売の中の利害を超えた信頼関係で何でしょう?

先日、テレビ番組のカンブリア宮殿で、
超格安スーパー「オーケー」社長の飯田勧さんが出演されていた。

その中で気になったことは、悪い情報も開示していて、
お客様と信頼関係を築き、お客様がオーケーのファンになっていたこと。

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まかせてまかせず/ 松下幸之助 [一日一話]より

これはなかなか難しいですね。

まかせてはいるけれども、たえず頭の中で気になっている。そこでときに報告を求め、問題がある場合には、適切な助言や指示をしていく。それが経営者のあるべき姿だと思います。これは言いかえますと“まかせてまかせず”ということになると思います。まかせてまかせずというのは、文字どおり“まかせた”のであって、決して放り出したのではないということです。

松下幸之助[一日一話] 5月29日 まかせてまかせず」から一部抜粋
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/05-29.html

これはあまり出来ている人間を見たことがない・・・(汗)

僕も実際出来ているかと言えば、現状はまだまだ全然NO・・・。

世間の他の企業でも出来ているのは、どのくらいあるのでしょう・・・?

任せておけない人の多くは、次の状態のどれかだと思います。

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