コミュニケーション

人を信頼をするのか、しないのか

今朝、朝会で「人を信用しないを前提とした価値観と持つ」みたいな話がインターンからありました。

人によって人との接し方があると思いまが、僕個人は<人を信頼しない、人を信用する>という考えはそもそも存在しないです。どちらかと言うと、<相手を信頼できるのか、自分が信頼されうるのか>です。

それはそもそも人と出会った時点で最初は信頼というものは存在せず、日々の付き合いの中で小さな信頼を1つずつ大切に築き上げていき、信頼を確固とするものにしていくものであること僕は思います。

しかしその一方で、信頼は小さな失言や裏切り、嫉妬・妬み・憎悪を伴う自分勝手な言動・価値観によって一気に崩れ去るものだと思っています。

個々人が自分の利益を前提に動くので裏切られることがあるというのは大方間違いでは無いのですが、そこに自分が相手に対して勝手に期待をもつことで(自分のためなら当然やってくれるだろうという少し過剰な期待も含め)、自分が相手に抱いた期待通りに動かなかったことで裏切られたと感じたり、「信用出来ない!」となり、信頼をしなくなるということになるんだろうなと思っています。(裏切りはこのケースだけに限りませんが)

とうぜん社会には魑魅魍魎がわんさかですので、その中で相手がどういう人間かを確認しながら相手に対する信頼の残高を増やしていき、相手からの信頼残高を増やせるよう信頼されうる行動を積み上げていくことだと考えます。

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自他相愛の精神/ 松下幸之助 [一日一話]より

個人と個人との争い、国と国との争いは、相手を傷つけ、さらには社会全体、世界全体を混乱させる。そういう争いの大きな原因は、自他相愛の精神というか、自分を愛するように他人を愛し、自国を愛するように他国を愛する精神の欠如によるものであろう。

そういう精神の大切さは昔からいろいろな教えによって説かれていながら、いまだに争い事が絶えないのは、人びとが、このことの大切さを真に悟っておらず、その精神に徹していないからだと思う。

争いはみずからをも傷つけるということを身をもって知り、人類に平和をもたらすために力を合わせていくことが肝要である。

松下幸之助[一日一話] 7月17日 自他相愛の精神から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/07-17.html

まずは今に始まった事じゃないけど、人間という生き物は昔から自分勝手な生き物です。
でも人に思いやりを持ってせっすることの出来る生き物でもあります。

本当ならば、自分の都合の良いようにばかり考えずに、
お互いに尊重しあい、大切にしあう気持ちが大事。

相手をどういう風に利用するか(使い物になるのか)考えるのではなく、
相手にどういうメリットを提供できるのか、相手はどう接したらよろこぶのか
ということを前提に接していくことが必要です。

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礼儀作法は潤滑油/ 松下幸之助 [一日一話]より

一週間ぶりのブログ・・・。

この4ヶ月間ちょっとの無職期間のおかげで体力は無くなってしまい、
新しい勤務先の仕事で体力を消耗してしていましたー

慣れるまでは、ブログの更新も毎日はできないかもだけど、
地道にやるために、一記事一記事を少し短めでやっていこうかと。
今までみたいに時間はあるわけでもなく、かなり限られてくるしね。

さていつもの松下幸之助 [一日一話]の一週間前のものから順次更新。

私は礼儀作法というものは、決して堅苦しいものでも、単なる形式でもないと思います。それはいわば、社会生活における“潤滑油”のようなものと言えるのではないでしょうか。

職場では、性格や年齢、ものの考え方など、いろいろな面で異なる人びとが相寄って仕事をしています。そのお互いの間をなめらかに動かす役割を果たすのが礼儀作法だと思うのです。

ですから、礼儀作法というものは、当然、心のこもったものでなければなりませんが、心に思っているだけでは潤滑油とはなり得ません。やはり形に表わし、相手に伝わりやすくし、心と形の両面があいまった適切な礼儀、作法であってこそ、はじめて生きてくると思うのです。

松下幸之助[一日一話] 7月11日 礼儀作法は潤滑油から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/07-11.html

無礼な人がいると、腹立たしいと同時に、悪印象を受けたり、
その人に対しては心を閉ざす原因にもなります。

礼儀作法は完璧ではなくても、やっぱり最低限のことだけでも必要ですし、
今現在、自分自身に礼儀作法が身に付いていなくても、身につける心構えは必要です。

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報告する/ 松下幸之助 [一日一話]より

何かを命じられて使いに行き、帰ったら、「あれはこうでした」と、必ず報告しているでしょうか。

何か問題が起こったという場合はもちろん、何事もなかったときでも、何もなかったのだからそれでいい、と考えるのではなく、まず報告する。また、それがいい結果であったら、それはそれで報告する。そうすると、報告を受けた方も「それは結構やったな」と非常に愉快になるし、安心もします。

打てば響くというか、以心伝心というか、肝胆相照らす仲であれば、命じた人の気持を察して必ず報告するものです。そのちょっとした心がけから信頼感も生まれてくると思います。

松下幸之助[一日一話] 6月25日 報告する」から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/06-25.html

命じる側の場合は、どういう時点で報告すべきかを明確にしておくべきだと思います。

しかし、この命じられる側の報告をすること。

最初の勤務先ではそれほど感じませんでしたが、
前勤務先では正直しばらく僕は苦手でした。

でもこの松下幸之助さんのいうように行動すれば、
そんなことを考えなくても済むような気がします。

自分で報告のタイミングを考え、確認し、
結果はどうであれ適宜報告していけば良いだけ
ですから。

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対人感受性とは何か。そしてどう高めていくかを考える。

僕が足りないと指摘された対人感受性

なんとなくはわかってはいたけど、しっかりと向上させるため、
この対人感受性とは具体的になんなのかを、あらためて調べてみた。

  • 相手の気持ちを理解できる(= 相手の気持ちを汲み取ることができる)
  • 相手の立場を理解できる(= 相手の立場に立つことができる)
  • 相手の心理の裏表を理解できる
  • 相手に会わせた話し方ができる
  • 相手と良好なコミュニケーションを築くことができる
  • 相手の状態に対応した行動を起こすことができる
  • 相手に関心を持つことができる
  • 相手に気を遣うことができる
  • 相手の変化に気がつくことができる
  • 相手をモチベートできる
  • 相手に何かを伝えることができる
  • 相手から賛同を得ることができる
  • 相手を動かすことができる
  • etc…

つまり、対人感受性というのは、
相手軸(他人軸で考えて理解するか。
そして会話・行動を通して、いかに相手と関係を築くことができるか。
というものでした。

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