降格は公の心で/ 松下幸之助 [一日一話]より

部長が適任でない場合どうするか、ということは非常に大事な問題である。日本の会社では、とりかえるということはむずかしいことである。だが、それはやらなくてはならない。やりにくいことをやらなければ物事は成り立たない。断乎としてやる勇気を持たなくてはいけない。

そういうときに、一つ勇気を出す方法がある。それは会社は個人のものではない、公のものである、だから個人の情において忍びなくても、公のためには変えなければならない、と考える。実際はそう理屈通りにはいかないが、そのような解釈を強く持つか持たないかによって、それが適切にできるかできないかという差がでてくるのではないだろうか。

松下幸之助[一日一話] 7月28日 降格は公の心で」から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/07-28.html

この辺の決断もそうだけど、
気配り・心配りというのも経営者の大変な仕事でしょうね。

降格された方は、不満を募らせる者もいるでしょうし、
気力を失う者、足を引っ張る者もいるでしょう。

そこをきちんと会社にとって降格させることが
会社にとってどういうことなのかを理解して貰い
適切な人事を行っていく必要があると思うけど、
そこには計り知れない人間模様が・・・・・・怖いけど想像できますね(汗)

ただやはり適任でないということ、会社にとって良いことではないし、
その適任でない人にとっても、下で働く者、上で働く者、
誰にとっても良いことではないでしょう。

適任でない者が、努力の末に適任でないと自覚をしていたとして、
違う適材のところがあれば、違う部門の長になることもできるけど、
自覚をしていない、他の能力も見えない者を降ろすというのは、
その者のプライドも邪魔するからややこしいい。

でも、それをきちんと説明し、関わる全ての人のために、配置していく。
適材適所、言うのは簡単だけど、難しいけど、必要なことですね。

まだまだ現在の僕には実感は少ないですが、
そういう部分も考えながら仕事はしていなければいけないかな。

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