フグの毒でも/ 松下幸之助 [一日一話]より

今日のわが国では、せっかくいいものが発明されても、それに万に一つでも欠陥があれば、もうそれでそのものはすべてだめ、としてしまうような傾向が強いように思われます。それは言ってみれば、フグの毒を発見してフグを食べるのを一切やめてしまうようなものだと思います。

科学技術が非常に進歩した今日に生きる私たちは、フグの安全な調理に成功した昔の人に笑われないよう、物事を前向きに考え、せっかくの科学技術の成果を十分に活用できるだけの知恵を、さらに養い高めていくことが必要ではないかと思います。そこに人間としての一つの大きな使命があるのではないかと思うのです。

松下幸之助[一日一話] 7月22日 フグの毒でも」から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/07-22.html

このように「1つでも欠陥があれば、それは全てダメ」って風習は
商品だけじゃなく、働く人間や仕事に対してもされているように思う。

人間も、商品も、仕事の仕方、企業も、全てが駄目な存在なんかありません。

そこには必ず長所があるし、短所と思われる部分でも改善次第では、
それが自分たちの持ち味として活躍することもある。

なんでもかんでも駄目な部分があったからといって簡単に「もうそれはダメ」と考えずに、

  • それを活かせないのか
  • どのように改善していけば良いものに仕上がるのか
  • 長所を伸ばして、短所を補うことは出来ないのか
  • etc…

などと考えていけば、それはチャンスになるんじゃないだろうか?

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