看脚下〜危機に直面したときは足元を見る

今の不況の世の中だからこそ、個人、企業、社会に対し思うこと。

『看脚下(足下を見よ)』

中国禅・臨済宗の五祖である法演[ほうえん]禅師(※)が、
「明かりが消え、暗闇になってしまった。歩いて行くにはどうする?」
と3人の弟子に問うたそうです。

そのときに、
弟子の一人である仏果圜悟[ぶっかえんご]が『看脚下』と言い、
法演禅師は満足したという話。

参考:佐藤俊明のちょっといい話「第十九話 道は脚跟下に在り」

この暗闇はそのまんまの意味合いでも良いのだけど、
基本的に人生などにも当てはめて考えられています。

ようは「壁にぶち当たったり、人生お先真っ暗な時にどうするか?」ということです。
それに対する答えが『看脚下(足下を見よ)』です。

「自分の足下を見て、着実に歩を進めていけば、
小さな歩みだったとしても前進していける」
ということですね。 

大きな壁にぶち当たって何をして良いのかわからないときがあります。
どう考えても、どういうことをして良いのかわからない。

そんなときは焦って手数を広げても、しょうがないんですね。
広げすぎて、自分が追いつかなくなる。

「自分はイケル」と考えていても、
実際の状況は能力のキャパオーバーで自分も組織も動けていない。

しかし、それを認めることは「プライドが許さない」とか、
単に「出来るという思い込みでしかない」という状況もあるでしょう。

自分の持ち駒だけに集中して、丁寧に着実に打ってでる。
余計なことは一切せずに、一歩一歩、自分の歩みを前進させる。

会社や事業の経営状態が良くない場合があるとしましょう。

着実に成果を上げれる事業が疎かになっていないでしょうか?
疎かになっていた仕組みを地道に再構築せて行くことが重要だと考えます。

  • 今まで以上にお客様、取引先、社員、そして家族・友人を大切にする。
  • 営業が疎かになっていれば、既存顧客に声を掛けていったり、
    比較的可能性のある潜在顧客にアプローチしていく。
  • 人材が少なく、やっている事業の数が多くキャパオーバーならば
    分散していた人員をコア事業に集中したり、
    長期間にわたって不採算の赤字事業を整理し、ムリ・ムダをなくしていく。
  • 自分の事業が今ある資源で出来るだけまかない、
    「本当にそれは必要なモノなのか?それがなければ出来ないのか?」と自問し、
    余計な投資コストを減らしていく。

など、ほかにもあるでしょう。

会社がなんとか立ち直るまで地道に事業を行ったら、
再び軌道にのったあと、やりたかったことを実現すれば良い。

また、不法・不正行為を行ったり、
他人の足下を見て他人を攻撃しお金を得ると言うことも
窮地に立ったときに思わずということもあるかもしれません。
でもそれは今まで以上にするべきではないと思います。

モラルの問題でもありますが、前向きではない一歩は、
後々自分自身の身に全て降りかかることでしょう。

自分の会社を持ったことは無いので偉そうなことは言えないですが、
僕自身はビジネスで窮地に陥ったときは、こう考えます。
会社や事業が末期症状の場合は、あてはまらないかもしれませんが。


自分自身の足下を見て、我が身を正し

一歩ずつ着実に前進していくことが大事だと考えます。

自戒の念も込めて。

(この文章は特定の企業について書いたものではありません。)


※五祖といっても、大本の「禅」の五祖では無く、「禅」の五祖は初祖・
菩提達磨(達磨大師)から数えて5代目の祖にあたる弘忍[こうにん]です。禅宗は六祖の慧能[えのう]のあとに、いろんな派に別れたようです。ちなみに「禅」の総本山は中国の嵩山少林寺。カンフー映画で有名なお寺です。初祖の菩提大師は少林拳の開祖でもあるということです。
「だるまさんがころんだ」や「選挙の赤いダルマ」も達磨大師のことでが、少林寺拳法は「少林拳を参考にした全く別物」の格闘技です。
禅宗は一応宗教の1つと捕らえれますが、哲学としての側面も強いので、禅語は個人的に参考になります。少林寺関係のカンフー映画にも、その禅宗の哲学がふんだんに盛り込まれています。

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