- 2009年6月13日 14:55
指導者はいわゆる寛厳よろしきを得ることができるよう心がけることが大事だと思う。
やさしさばかりでは、人びとは安易になり、成長しない。厳しさ一方でも、畏縮してしまい、のびのびと自主性を持ってやるという姿が生まれてこない。だから寛厳よろしきを得ることが大切なわけであるが、ただこれは、厳しさと寛容さを半々に表わすということではない。厳しさというものはなるべく少ない方がいい。二十%の厳しさと八十%の寛容さを持つとか、さらには十%は厳しいが、あとの九十%はゆるやかである、しかしそれで十分人が使えるというようなことが一番望ましいのではないだろうか。
「松下幸之助[一日一話] 6月13日 寛厳よろしきを得る」から抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/06-13.html
うん。これもまた実行には、なかなか難しそうですね。
僕は前勤務先の部下を指導していたときは、
最初は「鬼教官」のごとくかなり厳しくしていました。
もちろん部下の成長を願ってです。
でもやっぱり部下も厳しくばかりやっていると
精神的に疲れてきてしまうんですよね・・・・・・。猛省。
部下から感謝の言葉を頂いたことも多いですが、
どこまで伝わったということは、
部下の言葉や感情から出てくるというのはもちろんのこと、
部下の行動として出てくる必要があると思うのです。
出てこない場合は、指導する側・指導される側の
それぞれに責任や問題がありますが、
どちらの立場だとしても、
出てこないのは自分の責任だと言う自覚が必要だと考えます。
会社・指導する人・指導される人、それぞれが成長するには、
指導する側と会社のペースはもちろん重要ですが、
指導される側のペースもようく見て、十分に活かさなきゃです。
コレに関しては、大学時代のアルバイトで
店長に指導していただいたというエピソードがあります。
アルバイトの概要はエピソードの下に記しておきます。
レストランバーでアルバイトしていた頃の話です。
1号店で接客の基礎などをたたき込まれ、1ヶ月後に2号店に配属になりました。
慣れなかった接客が1号店でだいぶ出来るようになってはいましたが、
まだミスもあったり、歩き方・身のこなし方・オペレーションが
スムーズ&キレイでは無く、手こずっていたんです。
その僕の仕事っぷりを見た2人の店長のうちの一人、28歳のN店長は、
本当にさりげなく優しくアドバイスや手ほどきをして下さいました。
出来なかったことが出来たときには、沢山喜んでくれて、沢山褒めてくれるんです。
仕事も出来たら次々と、徐々にレベルを上げていってくれました。
なかなか出来なくても、全く動じることなく、笑顔で導いてくれました。
店長は、決して本当にどうしようもないとき以外は決して怒らなかったのです。
親身に徹底的に指導してくれたんです。
僕は次第に仕事が楽しくなり、仕事が出来てくるのことを実感できて、
非常に嬉しかったことを覚えています。
一見たいしたこと無いように思えますが、
僕自身が指導する側に立ったとき、非常に難しかったし、
なかなか出来ない自分がいました。
指導を重ねるうちに、だいぶできるようになりましたが、
自分以外の人間でも、社会人になってから、それが出来る人間はごくわずかでした。
僕自身もまだまだ全然出来ていないので、大きな課題です。
【アルバイト概要】
- レストランバー2号店のホールとバーテンダー補助(1号店を経験後)
- 経営は札幌の大手飲食チェーン会社で、イニシャルが「TS」。
アンビシャスに上場するも、廃止になったあの会社。在籍は上場以前の1996年末。 - 当時のスタッフのクオリティは、今のスタッフと比較するとレベルが相当高い。
- 事業部長と店長達は皆優しかったが、仕事に対しては非常にシビアでタフだった。
- 事業部長は、他の事業部と違い26歳と非常に若かった。店長達は26〜28歳前後。
- 今考えても彼らは非常に大人で、皆バリバリ仕事をしていた。
今でもここまで出来ていた人たちはあまり見たことが無い。 - 新店舗を作っていたとき事業部長は1日18〜21時間毎日働いて、車で寝泊りする日もあった。
- 他のスタッフのほうが厳しかった。ライバル心が強い。
- 僕自身、人生2つめのアルバイトで、仕事をすると言うことに慣れていなかった。
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