- 2009年6月 5日 11:48
自然の営みには私心もなければ、とらわれもないと思います。言ってみれば文字通り素直に物事が運び、素直な形でいっさいが推移していると思うのです。一輪の草花にしても、私心なく自然に花を咲かせているのです。そういった花の姿をみて、もちろん何も感じない人もいるでしょう。しかし、素直な心になりたいという強い願いを持っている人の場合には、あるいはそこに何らかのヒントを見出すかもしれません。
「松下幸之助[一日一話] 6月3日 自然に学ぶ」から一部抜粋・引用
http://www.php.co.jp/fun/matsushita/06-03.html
自分のここ十数年を振り返って、花の姿を全く見る、感動をする、
そして純粋にキレイと思うことのない時期が多かった。
多分、小さな花なんか関心がなかったのだと思うし、
余裕もなかったのかもしれない。
ここ数年は道ばたに咲く花を見て可愛いと感じることもあるので、
少しは周りを見る余裕が出ているのかもしれない。
僕は頑固な性格で、まっすぐ突き進むと言われるので、
それが功を奏すときも、視野が狭くなる時もある。
僕はそんな時、空・海・宇宙を頭の中に思い浮かべる。
なぜ空・海・宇宙を頭に思い浮かべるかというと、
単にスケールが大きいからというのもあります。
一度も止つことなく育っている宇宙や
常に動いている空や深い海と自分を比較するんです。
抽象化して宇宙・空・海、自分というモノをみるんです。
そうすると1つのモノだけで考え、悩んだり、振り回されたりしていることが
大小にかかわらず馬鹿馬鹿しくなるし、解決はできるものだと思うようになるんです。
もちろん凹むときは凹みます。でも気持ちに少し余裕が持てるようになります。
エゴが取り払われるような感じになります。
他にも、ここ数年は部屋に入ってきた虫などを殺さなくなった。
虫は虫で、健気に生きているし、気持ち悪いという感情は人の勝手だから。
虫が虫らしくあり、犬が犬らしくあり、鳥が鳥であるように、
僕は人間らしくありたいですね。
人間らしくというのは、数万年の多くの人類の永遠のテーマで
追求し続けることは難しいことかもしれませんが。
心に余裕を持って、何事にも一生懸命に取り組み、
他人と一緒に楽しみ、共生し、幸せな人間。
僕自身、昔は、
- 自分が良ければそれで良い
- 個性を大事にするから自分が大事
- 他人に嫌われようが関係ない
- 自分は自分、他人は他人
といった偏った考え方だったので、
色々なことに気づいたここ数年でも
全然まだまだその域に達せてはいません。
大変なときでも気持ちに余裕を持って、
小さな事にも気づける心を育てたいですね。
今後まだまだ気づくことが多いでしょう。
楽しみですね。
仏教・禅などに哲学としてのヒントを得ることはあっても、
別に変な宗教にはまってませーん(笑)
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